40代からのまじめなスピリチュアル

59歳派遣主婦。自らの経験をもとに、自分の魂を知って自分だけの神に出会う方法について語ります。

なぜ人間は存在するのか? 不安の正体は「死」の恐怖

f:id:godwasword:20200704174959j:plain

なぜ人間は存在するのか?

この問いについては、あまりにも当たり前すぎて、深く考える人はいないと思います。

それに、人間の脳ミソでいくら考えても答えは見つからないからです。

私もそんなことは考えたこともなかったし、答えを知りたいと思ったこともありませんでした。

しかしアラ還という肉体の衰えを実感する年齢にもなれば、だんだんと人生の終着点となる「死」を意識するようになりました。

 

「死」と向き合えば向き合うほど、次のような謎が迫ってきます。

「どうせ死ぬのに、人間はなぜわざわざ生まれなければならないのか?」

「そもそも人間はなぜ存在するのだろう?」

 

私は40歳を過ぎてようやくこの答えについて知ることができ、またこれを信じるようになりました。

 

答えは「聖書」にあり

なぜ人間は存在するのか?

その答えはとてもシンプルです。

創造主である神が人間を創作したからです。

 

信じる、信じないは自由ですが、神は「聖書」にその答えを書き記しています。

このことを私の魂が教えてくれたがゆえに、もはや私には疑う余地はありません。

 

神は、ご自分の「霊」と肉体(物質)を合体させて人間を創作しました。

この霊の部分が、人間の「魂」と呼ばれる部分なのです。

ですから、魂はとても尊い存在なんですよ。神の一部ですからね。

 

では何のために?

神が、愛する我が子が欲しかったからです。

神は人間を創作して、人間との愛の交流を望まれたのです。

(神は意外にも孤独な存在なんです。人間界でも、社長や国王のようなトップに君臨する者が孤独であるように。。。)

 

神の愛とは

我が子を愛したい、可愛がりたい、何としても幸福にしてやりたい。

そして自分も子供に愛されたいし、自分を頼りにして欲しい。

親であれば、誰でもそのように思うのではないでしょうか?

 

人間は親子愛を通して、神の愛を学ぶように仕組まれていると思います。

しかし「神の愛」とは、人間が考えているよりもっともっと深くて広い、永遠の愛なのです。

 

結婚式で人間の男女が誓う「永遠の愛」などとは次元が違うのです。

だって人間はすぐに愛が冷めて離婚しちゃうでしょ。(笑)

親子の愛だって、どこまで純粋かどうか怪しいもんです。

いがみあい、殺し合う親子までいますでしょ。

 

愛の裏切り

神はありったけの愛を込めて人間を創作しました。

「神」ですよ、「神」!

万物を造って支配する万能の神ですから、神には不可能という言葉は存在しません。

「完璧=神」なのです。

その神に愛され、守られているのであれば、人間に「不幸」や「死」などという言葉は存在しないはずです。

ところがどうしたことか、私たち人間は不安と恐怖にさらされる人生を送っていますよね。

なぜかというと、悲しいことに人間はその歴史において、大失敗をやらかしてしまったからです。

これも聖書に記されていますが、早い話が人間が神を裏切ってしまったのです。

子供が親の言いつけに背いて家を出てしまったように、

全てが満ち足りた、安心、安全な大豪邸に住んでいながら、愚かな欲につられて家出をし、恐ろしい野獣のうろつく荒野に迷い混んでしまったようなものなのです。

それが今の人間の姿です。

親である神を忘れたまま、サタンの支配するこの地球において、性懲りもなく輪廻転生を繰り返しています。

 

魂の死

サタンの仕事は、人間の欲を増長させ、魂を地獄に引きずり込み、人間に神を思い出させないことなのです。

 

だから人間はサタンという野獣だらけのこの世で、不安にさいなまれるのです。

魂が不安なのです。

しかし、グルメや旅行、ショーやギャンブルなどで人間は楽しんでいるように見えます。

サタンの用意するこの「快楽」で刹那的に気をまぎらしても、根本的な神と魂の問題について追求しないから、いつまでたっても不安がついて回るのです。

不安の正体は「死」の恐怖です。

ここでいう「死」とは「肉体の死」ではなく、「魂の死」と言ったほうがいいかも知れません。

 

遺書に書かれた「ぼんやりとした不安」を抱えながら芥川龍之介は命を断ちましたが、

得体の知れない不安は人間がいくら分析してもわかるはずがありません。

 

「魂の死」とは神と完全に分離してしまうという、魂の感じる恐怖なのです。

 

神と人間は交信できるようになった

当初人間は、神と一身(心)同体だったのです。

その後人間側の裏切りにより、神と離れてしまい、人間は神と交信できなくなりました。

この時、サタンは全宇宙に届かんばかりの高笑いをしていましたよ。

 

 その後、命を捧げたイエス・キリストの仲介により、神と人間が再びアクセスできるようになりました。

この時のサタンは悔しくて歯ぎしりをしていました。

だけどサタンの必死の攻勢により、その後も人間は神を振り向こうとはしなかったのです。

  • 「神なんていない」
  • 「神なんて必要ない」
  • 「偶像を拝めば幸せになれる」

これがサタンのスローガンです。

そして今の世界があります。

日本もそのような状況になっていますよね。

 

神の愛

一方、愛する我が子に去られた神の気持ちはどうのようなものでしょう。

人間だって、親であればその気持ちがわかるのではないでしょうか?

たとえ裏切られても、かわいい我が子です。行方知れずとなった我が子の身を案じ、狂おしいほどの悲しみに悶え、いつか自分の元へ帰って来ることを信じて待つ親の心。

これが、私たち人間の親である「神の愛」です。

神はひとりひとりの人間全員を愛しておられます。愛しているからこそ、人間がこの世に生まれて来るのです。

 

ならば、なぜ人間は戦争や天災、病気などでむごい死に方をしなければならないのでしょうか?

神に愛があるならば、なぜこのように神は人間を見殺しにするのでしょうか?

 

一見矛盾しているように見えますが、「真の愛」ゆえの厳しさでもあります。

これについてはまた書かせていただきたいと思います。

 

読んで下さってありがとうございました。