40代からのまじめなスピリチュアル

59歳派遣主婦。自らの経験をもとに、自分の魂を知って自分だけの神に出会う方法について語ります。

「E.T」を38年ぶりに観ました 子供に戻りたい。。。

 

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昨日テレビで「E.T.」を観ました。38年前にボーイフレンドと一緒に劇場で観たことは覚えているのですが、ストーリーはすっかり忘れていました。

突拍子もない話なのに、非現実的な話なのに、子供が主役なのに、いい年をした私はつい引き込まれてしまいました。

理由の一つは、バックに流れる音楽です。とにかく音楽がよく流れる映画です。感動的なシーンをオーケストラがドラマチックに盛り上げるのです。

これが私の単純な心の琴線にバシバシ響きまして。

ついつい何度も涙をにじませていたのです。

 

音楽

美しい音楽は魂を震わせます。

天上界では神を賛美するための楽団があって、常に美しい音楽を奏でているそうですよ。

楽家はインスピレーションでその旋律をキャッチするんですね。

神の世界から降った音楽だから、それは美しいに決まっています。

何年経っても色あせることなく、人間の心と魂を慰めることができると思います。

ちなみに「マーラー 交響曲 第5番 アダージェット」を聴きながらこのブログを書いています。

「この曲に包まれて、このまま死んでもいいわ〜」と思うほどきれいな曲ですね。

 

子供

もう一つの「E.T.」の魅力は、純真と邪悪が絡み合うことです。

主人公の少年と異星人のETが、汚れのない無邪気さを象徴していました。

一方、ETを無理やり捕らえて研究の対象にしようと躍起になる大人たちは、欲得と見栄にまみれた汚れた世界。

その対比を強調することで、純粋な愛の尊さが際立つのですね。(ちょっと大げさですけど)

 人間は誰しも自分の中に清らかな自分と、ドロドロに汚れた自分がいます。そうでなければ、この映画を観ても誰も感動しないでしょう。

 

恥ずかしい自分

もちろん私の中にも汚らしい自分がいます。どのように汚いかは、恥ずかしてくとてもここに書けたものではありません。死ぬ時も、この恥ずかしさを隠したままあの世へ行くことになります。

 

恥ずかしさとは、神の前における恥ずかしさです。死後、魂が全てを見通す神の前に立った時、あまりのまぶしさに魂は狼狽し、神から隠れるためにコソコソと暗い世界へ逃げるのです。

 

もし 何もわからない無知な子供だったらどうでしょうか?自分のことが恥ずかしいなどと思うでしょうか?堂々と神の前に立ち、無邪気に神に近づいて行くのではないでしょうか?

 

あの世へ行くと、隠していた全ての自分の業(ごう)がビデオを見るように目の前に展開されるのです。そのショックで、魂は暗闇へと落ちていくのだそうです。

閻魔様に落とされるのではなく、神様に落とされるのではなく、自分で落ちて行くのです。

 

最近年をとったのか、無邪気だった子供の自分に戻りたいと思うようになりました。