40代からのまじめなスピリチュアル

59歳派遣主婦。自らの経験をもとに、自分の魂を知って自分だけの神に出会う方法について語ります。

父はあの世から苦しみを訴えた

とっつきにくかった父の性格

先日、父が90歳で亡くなりました。

父は年の離れた母を見下すようなところがあり、モラハラ的な言動もよくありました。

私たち兄弟(3人)にはいつも背を向けているような人でした。

子供にベタベタして機嫌を取ったりするような父親ではありませんでした。

家族だけでなく、他人に対してもそんなところがありました。

自分から相手に近づこうとせず、相手が自分に近づいて来るのを待っているだけです。

それでいて、相手が自分の価値観と合わないと知るや、頭から否定します。

話をしても、「バカバカしい!」と否定されたり、「くだらん!」と拒否されたりで、私たち兄弟は思春期を迎えるずっと前から、父と向き合うようなことはなくなりました。

じゃれ合うように子供と軽快な会話のやり取りをしてくれる、楽しいお父さん。

それが私のあこがれの父親像でした。

 

認知症の父はあの世でもこの世でもない世界にいた

父は84歳でアルツハイマー認知症と診断されました。

被害妄想がひどく、突然の激昂やつじつまの合わない暴言、奇行などにより、自宅で介護していた母は疲弊し、強度のストレスにより介護殺人の一歩手前まで追い詰められました。

私たち兄弟は何とか父を介護施設に入居させましたが、父の介護拒否や迷惑行為により、数日で退去命令が出る始末。その後精神病院への入院を希望しましたが、それも断られ、私たち家族は途方に暮れてしまいました。その時は、いっそのこと早くお迎えが来てくれればと思ったくらいです。

その頃の父は、すでに家族のことはわからなくなっていました。娘や息子を見ても「お前は誰だ!出て行け!」と怒鳴りちらしました。

 

認知症の介護は、家族には無理です。精神が崩壊した肉親と24時間向き合わなければならないのです。あたりかまわず放尿し、夜中に家の中を徘徊し、突然狂ったように怒鳴り、食器を投げつけ、着替えや入浴をさせてはくれず、異臭を放ちながら家の中をウロウロするのです。こんなことが続くと介護する側の精神がやられてしまうのです。

私たち家族の心からは、すでにかつての父の存在は消えつつありました。

私にとって、父はこの世にもあの世にも存在していなかったのです。

 

精神病院で処方してもらった抗精神病薬が功を奏し、ほどなくして父は別の介護施設へ入居することができました。

 

面会に行くと、「誰だかわからないけど自分に会いに来てくれた」ということが、父には何となくわかるようでした。

父の「魂の淋しさ」が、私にはわかりました。

 

それから1年後、父は亡くなりました。

火葬場で焼き上がったばかりの父の骨を拾いながら、私は父の淋しさにつきまとわれました。

お経や戒名などは何の役にも立たず、ただ父の魂は暗闇の中でうずくまっていました。

 

もっと父に優しくしてあげればよかった

もっと話かけてあげればよかった

私は親不孝な娘だったかもしれない

 

私はぼんやりとした後悔を感じながら、父の遺影を見つめていました。

 

父の魂は叫んだ

父の葬儀を終え、帰宅した私は「命のクリニック」を訪れ、魂の治療を施してもらいました。

 

嫌な予感はしていたのですが、思った通り、父の魂が私にしがみついていました。

父は暗い所(地獄と呼んでもいいと思います)でこう叫んでいました。

「淋しい!悔しい!苦しい!」「誰もわかってくれない!」

 

人間から肉体を取り去り、心をはぎ取ると、残るのは霊魂です。

心は嘘をつきますが、霊魂はありのままを語ります。

父は肉体も心もなくなりましたが、霊魂だけは残っています。

その霊魂がこんなに苦しんでいたのです。

 

セラピストの誘導により、父の魂は「命のエネルギー」によりどんどん波動を上げて上昇していきました。最後に父の魂は驚いて叫びました。

「何だこの光は!」

 

父の死後、父の魂は地獄界で苦しんでいたのですが、ラッキーなことに光の世界まで引き上げてもらえたのです。父は幸運にも神の慈悲に救われたのです。

 

この世で悪い行いをした人間だけが地獄へ行くわけではありません。また善を行ったからといって天国へ行けるわけでもありません。

「この世の罪」と「あの世の罪」は違います。

「あの世の罪」とは、人間の魂が、その産みの親である「神」と離れてしまうことです。

 

生前、父は宗教哲学に興味があり、小難しい仏教哲学について書かれた本をよく読んでいました。父なりの「死生観」を求めていたと思います。

しかしそのような知識は何の役にもたたなかったのです。葬儀でのお経も、父の霊魂を成仏させることはできませんでした。

 

父の魂を救ったのは「神の愛」でした。父の魂は、死後ようやく真の救いと出会えたのです。父と私は、神に感謝するしかありません。

 

魂の救いとは何ぞや

では、魂は死ななければ神の救いに出会えないのでしょうか?

いえいえ、そうではありません。

魂が肉体にあるうちに、つまり生きているうちに魂が神を思い出さなければならないのです。

そうでなければ、ほとんどの魂は私の父のように死後は暗闇に降りて行ってしまいます。

どこへ行ってよいかわからず迷い、自らの重さで沈んでいくのです。

生前、神の光を思い出した魂は、死後は光を求めて上昇していきます。

 

「自分」とは一体誰?

いくら「自分探し」をしても自分のことは永遠にわかりません。

なぜなら「自分」とは「神」につながっているからです。

「神」とは無限の存在です。

「わかった!」と思っても、またその先が永遠に存在するのです。

そしてその神から遠く離れてしまったのが、自分の正体である「霊魂」なのです。

 

霊魂は神の元へ戻りたいのです。神も手を伸ばして、我が子を救おうとしています。

だけど、戻さんとする黒い力が働くのです。この力は強烈で、あっと言う間に引きずられてしまいます。この世に生きている人間は皆、引きずられています。

 

エラそうに書いている 私も、自分のことは全然わからないし、黒い力にひきずられっぱなしです。。。